「AIを入れたら、人を減らせますか」
そう聞かれることがあります。
正直に言うと、たいていの場合、すぐには減りません。
がっかりさせてしまうかもしれません。ただ、ここを曖昧にしたまま始めると、半年後にもっとがっかりすることになります。だから最初に言うようにしています。
なぜでしょうか。
台所に、電子レンジが来た日
料理のできる人の家に電子レンジが来ると、夕飯の支度が早くなります。下ごしらえの時間が減り、火にかけているあいだに別のことができる。
では、料理をしたことのない人の家に、同じ電子レンジを置いたらどうなるか。
早く作れるようにはなりません。そもそも、何を作るのかが決まっていないからです。冷蔵庫を開けても、何と何を組み合わせればいいのかが分からない。道具だけが、台所に置かれたままになります。
道具は、できることを速くします。できないことを、できるようにはしません。
当たり前に聞こえるかもしれません。けれど、AIの話になると、この当たり前が急に見えなくなります。
「何でもやってくれる」という思い込み
なぜ見えなくなるのか。理由ははっきりしています。
AIは、何を聞いても答えるからです。
経営計画のことを聞いても、就業規則のことを聞いても、それらしいものが数秒で、整った文章で出てきます。
これを何度か体験すると、この調子なら何でもやってくれるのではないか、と思えてきます。
ここが分かれ目です。答えが出ることと、仕事が終わることは、別のことです。
「新しい売り方を考えて」と聞けば、案は二十個でも出てきます。どれも間違ってはいない。けれど、その中のどれが自社に合うのか、誰が動き、いつまでにやるのかは書いてありません。そこから先は、結局こちらの仕事です。
ただ、答えがあまりに立派な顔をして出てくるので、もう終わったような気になってしまう。
「何でもやってくれる」のではなく、「何でも答えてくれる」。ここを取り違えたまま導入すると、半年後に何も変わっていない、ということが起きます。
私は、AIは足し算ではなく、掛け算に近いのだと思っています。元が一なら、二にも三にもなる。ただ、元が零のままだと、何を掛けても零のままです。
掛けるものが、自分にあるかどうか
では、その「元にあるもの」とは何でしょうか。
技術力のことではありません。パソコンに強いかどうかでもない。その仕事を、自分の言葉で説明できるかどうかです。
たとえば、見積書を作る仕事があるとします。
長年この仕事をしてきた人は、どこを間違えるとあとで揉めるか、どの数字は確認してからでないと出せないかを知っています。だからAIに下書きを作らせても、おかしなところに数秒で気づきます。
一方、その仕事をしたことがない人は、出てきたものが正しいかどうかを判断できません。しかもAIが出す文書はいつも整っているので、正しいように見えてしまう。
本当に効くのは、出てきたものを見て「これは違う」と言えることです。そしてそれは、自分でやったことのある人にしか言えません。
必要なのはAIに詳しい人ではなく、その仕事に詳しい人がAIに触れることのほうです。
私が困ったのは、答えの質ではありませんでした
私自身、AIに任せる範囲を、少しずつ広げてきました。
その中で困ったことがあります。ただ、それは「AIの答えが悪い」ということではありませんでした。
任せた先で何が起きているのかを、自分が把握できなくなったことです。
作業は進み、結果も出てくる。けれど、その途中で何が起きたのかを説明できない。あとから見直したときに、どこを直せばいいのかが分からなくなっていました。
結局いったん止めて、自分で中身を確かめ直すことになりました。任せる前より時間がかかった、という笑えない結果です。
気づいたのは、任せるという行為には、任せる側の理解が要るということでした。人に仕事を渡すときと同じです。説明できない相手に渡せば、出てきたものを評価できない。相手が優秀かどうかは関係がありません。
効くのは、地味なほうです
こう書くと、AIは使えないという話に聞こえるかもしれません。そうではありません。
自分がすでにやっている仕事にAIを当てると、はっきり効きます。
毎週書いている報告書。毎回似たような問い合わせへの返信。決まった形式の書類のたたき台。求人の募集文。
こういうものは、すでに手順が体に入っています。だから、出てきたものを見た瞬間に良し悪しが分かる。直すのも速い。
反対に、これまで社内に一度もなかった仕事を丸ごと任せると、たいてい形になりません。良いのか悪いのか、判断する基準が社内にないからです。
AIが効くのは、すでにできていることの上です。ないところには、乗りません。
最初にやるのは、手順を書くことです
何か試すなら、順番があります。
AIを触る前に、自分が毎日やっている仕事を一つ選んで、その手順を十行くらいで書き出してみてください。紙でも、メモでも構いません。
書いてみると、たいていの人が同じところでつまずきます。自分が毎日やっている仕事なのに、書き出すのが難しい。三行目か四行目あたりで「これは場合によるな」という部分が出てきて、手が止まります。
その、止まったところが、いちばん値打ちのある部分です。長年の判断が詰まっているから、言葉にしにくい。逆に、すらすら書ける部分は、誰がやっても同じ結果になる作業です。
この二つが分かれた時点で、もう答えは出ています。すらすら書けたところが、AIに渡せる部分です。手が止まったところは、当面こちらに残ります。
道具は、腕を増やしません
電子レンジの話に戻ります。
あの道具が広まったとき、料理をしない人が突然作れるようになったわけではありません。変わったのは、時間の使い方だけでした。
AIも、今のところ同じ位置にあります。持っているものを速くする道具であって、持っていないものを持たせてくれる道具ではない。
だとすれば、まず確かめるべきは、AIの性能ではないのかもしれません。自分の会社が、すでに何を持っているか。確かめるのは、そちらのほうです。
そして、たいていの会社は、思っているよりずっと多くを持っています。ただ、それが誰かの頭の中にあるだけで、まだ言葉になっていないのです。
まずは、書き出すところから始めてみましょう。